Situationship(シチュエーションシップ)

英文記事執筆:SAKURACO / 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部

The Grammar of Life:
アメリカ在住のライターSAKURACOが、日々の暮らしや子育て、人々とのコミュニケーションの中で出会った「言葉」について想いを巡らせる隔週連載。人生をいろどり、かたどる言葉たち(The Grammar of Life)を、一緒に味わってみませんか。
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最近離婚した私は、オンラインデーティングの世界に足を踏み入れました。最後に恋愛の世界を経験してから10年以上が経っているので、今のデーティングにおけるマナーも、言葉も、「普通」とされていることも、ほぼ何ひとつ知りません。

そこで当然、私は徹底的なリサーチを始めました。と言っても、Instagramのアルゴリズムに、デーティングアプリや現代の恋愛についてのコンテンツを延々とおすすめしてもらった、という意味ですが。

そして残念ながら、そこで私が目にしたのは、どうやら「現代のデーティング」という名の恐怖でした。

私のフィードによれば、失恋の痛みを避ける方法のひとつは、“roster”「候補者リスト」を持つことだそうです。つまり、複数の人と同時にデートし、誰かに “catch feelings”「本気の感情を抱いたり」、“delulu”(“delusional”「妄想的」のネットスラング)になったり、のめり込みすぎたりしないように、自分の関心を分散させるのです。要するに、できるだけ感情的な距離をつくり、できるだけ「クール」でいられるほど、この恋の戦争を生き延びられる可能性は高くなる、ということです。

そもそも心を開きすぎないことで、自分の心を守ろうというわけです。

そして、おそらくこの戦略の究極の試金石となるのが、シチュエーションシップです。

シチュエーションシップとは、正式に定義も、名前づけもされず、恋人としての約束もされていない、恋愛的あるいは性的なつながりのことです。一緒に時間を過ごし、メッセージを送り合い、体の関係を持ち、お互いの生活の一部を共有し、恋人同士がするようなことをたくさんしながら、その関係を、カジュアルと真剣な交際のあいだにある、なんとも見事にややこしい領域にとどめておくのです。

最初、私はこう思いました。なんて今の時代を象徴するような関係なんだろう、と。きれいに分けられたカテゴリーのあいだにあるものや、ニュアンス、曖昧さを受け入れることが、ますます重視される今の文化を、これほどよく表しているものはないのではないか。人によっては、これを Negative Capability(ネガティブ・ケイパビリティ)の実践と呼ぶかもしれません。つまり、すぐに明確な答えを求めることなく、不確実さの中にとどまっていられる力です。理屈の上では、自分を守るための、なんとも洗練された戦略に聞こえます。

問題は、それがいつも、私たちの期待どおりに守ってくれるわけではないということです。

メッセージを送り合い、一緒に食事をし、二人だけに通じる冗談を交わし、何時間も一緒に過ごしているうちに、それでも感情が芽生えてしまうことがあります。あれほど必死に守ろうとしていた心が、こちらの許可も求めず、静かに開いていくのです。気づけば、思っていた以上に相手を大切に思うようになっています。

でも、もうひとつ別の展開もあります。

鎧が、効きすぎてしまうのです。

私の場合は、そうでした。

失望や痛みから自分を守るにはそうするべきなのだと思い、自分の一部を守ったまま、心の奥にしまい込んでいました。

そのシチュエーションシップはやがて終わり、私は気づきました。自分の心をあまりにも上手に守ったせいで、その心が本当に求めていたものからまで遠ざけてしまっていたのだと。

心を養うものから。

だって、驚くべきことに、私たちには魂があるのです。そして魂に必要なのは、守られることだけではありません。本物のつながりが必要なのです。

傷つきやすい自分の心を守りたいと思うのは、とても人間らしいことです。そして、カジュアルな関係それ自体が悪いわけでもありません。でも、自分自身のシチュエーションシップから私が学んだのは、誰かとつながることは、いつだって私たちに何かを求めるということです。心を開けば、傷つく危険があります。心を閉ざしていれば、痛みから自分を守れるかもしれません。でも同時に、本当の意味で誰かと近づくことからも、自分を遠ざけてしまうかもしれません。

少なくとも私は、ただ誰かと同じ「状況」(situation)の中にいるよりも、誰かとの「関係」(relation)の中にいる自分を見つけたいと思います。たとえそのために、途中でいくつかの切り傷や擦り傷を負うことになったとしても。

emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ

to my dismay

「がっかりしたことに」「残念なことに」「ショックだったことに」

ポイント

「dismay」は、予想外の出来事などに対する失望や落胆、動揺を表す名詞です。「to my dismay」は、自分にとって残念なことやショックな出来事を伝える際に使われ、「to my surprise(驚いたことに)」と同じような形で文頭によく置かれます。

例文

To my dismay, I found out that my favorite café had closed.
「がっかりしたことに、お気に入りのカフェが閉店していたことを知った。」

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※このエッセイはSAKURACOさんが英語で執筆したものを、編集部で和訳しました。