命綱としての言葉

英文記事執筆:SAKURACO / 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部
The Grammar of Life:
アメリカ在住のライターSAKURACOが、日々の暮らしや子育て、人々とのコミュニケーションの中で出会った「言葉」について想いを巡らせる隔週連載。人生をいろどり、かたどる言葉たち(The Grammar of Life)を、一緒に味わってみませんか。
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「あなたは本当によくやっていますよ!」
その言葉は、濡れたアスファルトの匂いがする、人気のない眠たげな通りに響きました。心臓が喉までせり上がるような感覚でした。
私は、乳児の娘に向かって、何度も何度も謝っていました。娘の涙は、ボタンのように小さな鼻の下で、少し光る鼻水と混ざり合っていました。
新米の母親だった私にとって、家から5分先の公園まで歩くことは、深い勇気を要する行為のように感じられました。ある日は、気分がすっきりし、少し誇らしい気持ちで家に帰ることもありました。けれど別の日には、ベビーカーを押して出ていったはずの自分の抜け殻のようになって家の敷居をまたぐこともありました。
近所の人が声を上げたその日は、まさに後者でした。
私は娘と一緒に、近所を散歩しようと家を出ました。帰り道、娘はどうやら別のことを思いついたようでした。ベビーカーは突然拷問の場と化し、どうやら私はその門番だったようです。自宅のある通りへと曲がった途端、彼女は世界が終わるかのように足をばたつかせ、泣き叫び始めました。私はベビーカーを止めて娘を抱き上げようとしましたが、ベルトはまるでフォート・ノックス*のようにびくともしません。もたつくうちに私は焦り、娘の泣き声は、2ブロック先まで届きそうな、大音量のサイレンになっていきました。
私は、それが普通のことだと分かっていました。赤ちゃんは泣くものです。そう。いつも。しょっちゅう。私は何も間違ったことをしていない、と分かっていました。私の頭で理屈は何度もそう指し示していましたが、体と心に理屈は通じません。彼らはいつもの得意技を繰り出し、私の神経系を、ライオンに追われているかのような感覚でいっぱいにしました。百獣の王に狙われたら、あなたも慈悲を乞いますよね。私はまさにそれをしていました。通りの真ん中で、涙がこみ上げ、赤ちゃんに向かって、そしてもしかしたら世界中に向かって、「ごめんね、ごめんね」と小声でささやいていました。
ようやくバックルを外し、娘を腰に抱え、もう一方の手でベビーカーを押しました。足は砂袋のように重く、心は不安と恥に押しつぶされ、小さな石炭の塊になったように感じられました。
そのとき、聞こえたのです。
「おーい!」
網戸越しの窓の向こうからでした。暗くて、網戸の向こうの顔は見えません。私は身をすくめ、叱られるのを覚悟して、すぐに謝って姿を消そうとしました。
すると、その声は続きました。驚くほど温かく、そして大きな声で。
「あなたは本当によくやっていますよ!」
見知らぬ誰かが、自分のしていたことの手を止めて、溺れている人に向かって投げられるロープのように、言葉を差し出してくれたのです。きっと本人は、そんなつもりだったとは思っていないでしょう。
その意味が、産後の霧がかかった私の脳に届いたとき、安堵が一気に押し寄せました。私はまた息ができるようになりました。溺れてなんかいなかったのです。雨の匂いがするその通りで、私はそこにいていい存在だった。娘のそばにいて、守り、安全を確保している。それはつまり、母親としてよくやっているということでした。
移民として生きることには多くの困難があります。でも、こんな瞬間があるからこそ、私はこの国と、ここに暮らす人々を、何度でも好きになってしまいます。誰かを励まし、引き上げるために、ためらいなく言葉を使うこと。力強く、そして親切に。声を上げるという選択。
私にはただ、いつか自分の言葉も、あの叫びのように届けばいいと願うことしかできません。それまでは、私は自分の声を使って、優しさや承認を差し出し、勇気の燃料になったり、誰かのつらい一日を少し和らげたりしたいと思います。
それこそが、私たちが口を開くたびに築き、また築き直している、この複雑な仕組みの本当の価値なのだと、私は思います。
道具であり、命綱にもなる「言葉」の。
*フォート・ノックス(Fort Knox):アメリカ・ケンタッキー州にある極度に厳重な警備で知られる軍事施設・金庫。英語で「絶対に開かないもの」「突破不可能なもの」の比喩として使われる。
emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ
「姿を消す」「そっとその場を離れる」「目立たないように引く」
「make myself scarce」は、気まずさや面倒を避けるために、自分から意図的にその場を離れることを表す口語表現です。はっきり「帰る」と言わずに、控えめでやわらかく立ち去るニュアンスがあります。
I’ll make myself scarce and let you finish the meeting.
「邪魔しないように、私は席を外しますね。」

