Sadness Is on Me(悲しみは肩に乗せて)

英文記事執筆:SAKURACO / 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部
The Grammar of Life:
アメリカ在住のライターSAKURACOが、日々の暮らしや子育て、人々とのコミュニケーションの中で出会った「言葉」について想いを巡らせる隔週連載。人生をいろどり、かたどる言葉たち(The Grammar of Life)を、一緒に味わってみませんか。
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これ以上ないほど悲しくなったり、怒ったりして、ほかの感情になるなんて想像もできないように感じたことはありませんか?
英語ではよく、“I am sad.”「私は悲しい」、“I am angry.”「私は怒っている」、“I am anxious.”「私は不安だ」と言います。文法的には、とてもシンプルです。でも感情という面では、この言い方が私たちにどんな影響を与えているのだろう、と時々考えます。まるで自分自身がその感情そのものであるかのように、悲しみが自分という存在を丸ごとのみ込んでしまったように感じさせることがあるからです。
以前、友人が、ある別の言語では感情をこんなふうに表すことができるのだと教えてくれました。
“Sadness is on me.”「悲しみが私の肩に乗っている」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中にはまったく違う光景が浮かびました。悲しみという小さな妖精が、私の肩の上にちょこんと座っているところを想像したのです。
すると突然、「私」と「悲しみ」がそこにいます。
私たちは、二つの別々の存在です。
そして、もしかすると何より心を楽にしてくれるのは、“on”「〜の上に」という言葉かもしれません。
悲しみが私の肩に乗っているのなら、いつかはそこから降りていくこともできる。
帽子を思い浮かべてみてください。帽子は頭の上にありますが、脱ぐことができます。本は棚の上にありますが、動かしたり、並べ替えたり、そこから完全に取り除いたりすることができます。何かが別の何かの「上にある」という状態には、その状態が永遠に続くわけではないかもしれない、という意味がひそかに含まれているのです。
なんて心を自由にしてくれる考え方なのでしょう。
もちろん、私たちの感情は、私たち自身が感じるものです。それは自分の内側のどこかで生まれ、ときには途方もなく大きなものに感じられます。でも、それが自分という存在のすべてにならなくてもいいのかもしれません。
この考え方は、心地よい感情についての見方も変えてくれました。
幸せ。喜び。愛。高揚感。
もしそれらも自分から少し離れたところに存在できるのなら、もっとはっきりと見つめ、もっとやさしく抱きしめ、そこにいてくれる間、その存在を大切にできるのかもしれません。
自分自身を抱きしめるより、友人を抱きしめるほうが簡単です。もちろん、自分を抱きしめることはもっと評価されてもいいと思います。でも、10年間ヨガを続けていて、なぜかものすごく長い腕を手に入れたのでない限り、ちょっとぎこちないものです。
感情も、それと似ているのかもしれません。
悲しみや怒り、孤独、不安が、「自分そのもの」ではなく、自分の隣に座っている何かのように感じられたとき、それは急に、もっと傷つきやすい存在に見えてきます。そして、傷つきやすさが見えると、思いやりを向けることも簡単になります。その感情を箱の中に押し込めたり、見なかったふりをしたり、「泣き言を言ってないで、立ちなさい」と怒鳴りつけたりする代わりに、もう少し違った接し方ができるのかもしれません。
どうして私たちは、自分ではないものにはこんなにも簡単にやさしさや愛情を向けられるのでしょう。どうして同じやさしさを、自分自身に向けることはこんなにも難しいのでしょう。私はここで、その神経科学的な謎を解き明かそうとしているわけではありません。
だから、ただこう言うことにします。
もし自分自身にやさしくすることがそんなにも難しいのなら、その感情を、自分とは別の「誰か」や「何か」だと思い込んでみればいいのかもしれません。
Sadness is on me. 悲しみが私の肩に乗っている。
Anger is on me. 怒りが私の肩に乗っている。
Happiness is on me. 幸せが私の肩に乗っている。
Joy is on me. 喜びが私の肩に乗っている。
言葉は、なんて便利な小さな変換ツールを私たちに与えてくれるのでしょう。
emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ
「永遠に続く」「いつまでも続く」
「last」は「最後の」という意味だけでなく、動詞で「続く」「持続する」という意味があります。「last forever」で「永遠に続く」となり、関係や思い出などがいつまでも続くことを表すほか、否定文では「何事も永遠には続かない」のようにも使われます。
Nothing lasts forever.
「永遠に続くものはない。」
※このエッセイはSAKURACOさんが英語で執筆したものを、編集部で和訳しました。




