「レシピー」の10年と、これから。
ポリグロッツCEO 山口隼也 インタビュー
「AIで語学がいらなくなる?」に対して、今思うこと

進行・構成:POLYGLOTS magazine編集部 写真:Coco Taniya
POLYGLOTS magazine新年一本目の記事は、株式会社ポリグロッツCEO、山口隼也さんへのインタビューです。当メディアPOLYGLOTS magazineの運営母体でもある株式会社ポリグロッツは、2014年に「レシピー」(当時のアプリ名は「ポリグロッツ」)という英語学習アプリをローンチ、今年で12年目に突入します。
今回のインタビューではそんな山口さんに、群雄割拠する「英語学習サービス」業界でポリグロッツと「レシピー」はどんな歩みを辿ってきたのか、AIが全盛期を迎えようとしているこの時代に英語学習は本当に必要なのか、そしてこれからの時代に「レシピー」が提示したい価値観は、などなど、いろいろと伺いました。
経営者であり、アプリの開発者、そしてさらに「英語学習者」。「一人三役」で十数年をサバイブしてきた山口さんの独特のビジョンは、英語学習のこれからを占うものになるかもしれません。
ポリグロッツの10年
ポリマグ2026年最初の記事は弊社ポリグロッツCEOの山口さんへのインタビューということで、事業についての展望をいろいろと語っていただきたいと思っております。ポリグロッツは2014年創業、2026年は12年目になりますね。創業時と今を比べて、ポリグロッツにはどんな変化がありましたか?
そうですね、英語学習って「外部環境」にすごく影響を受ける分野だなと思いますね。この10年を考えると・・・まあ、色々あったなって(笑)。外部環境で大きかったのが、コロナ、生成AI、あとは・・・アメリカ。トランプ大統領の動向、みたいなところですね。
やっぱり一番はコロナ。もう5、6年前の話になりますけど、未知の感染症拡大で「人流」が止まった。当然インバウンドも来ないし、旅行にも行けないし、留学も行けないから、もう「英語需要」は基本的になくなってしまうんじゃないか、と思われていました。でも予想外というか、「行き来」はなくなったけどオンラインでのコミュニケーションが増えて、仕事面では特にですが、Zoomを使った海外とのオンライン会議みたいなものが普及して、結果法人企業のサービス導入が増えたりして、サービス的にはそこで売り上げが逆に伸びたんですよね。
で、その次が生成AIのブーム。もうこれで「英語学習っていらないよね」となりそうですよね。でも僕はやっぱり結果そうならないなと思ってて。これはちょっと後で話しますね(笑)。
とにかく外部環境の要因で「危機」と感じられることが、むしろ「逆」に行くということが多いなと思っています。英語教育に限らず、いろんな分野で多分そうだと思うんですけど、何かしらの「危機」が予測されたら、人間はその危機を「織り込み済み」で動き始めるので、むしろ「逆」の結果が起きたりする。何かそういうところが面白いなって。
総合すると10年間、外部環境の変化はたくさんあったけど、会社のサービスとしては、当初やりたかったことを一つひとつ積み重ねて伸ばしてるっていう感じですね。
ポリグロッツのサービスはまずはアプリ(旧「ポリグロッツ」、現「レシピー」)やオンラインレッスンにはじまり、その後アプリとオンラインレッスンをハイブリッドした企業研修、今では学校向けの「レシピー for School」を運用していて、採用校も多くなってきました。要所要所でサービスの拡充が行われてきたわけですが、山口さんなりに何かビジョンが見えていたんでしょうか?
基本的にはもう外部環境に柔軟に対応するみたいなスタンスなんですよ。需要があるところにサービスを提供していく、という感じです。企業であっても個人であっても、使用してくださるのは結局エンドユーザーの皆さんなわけで、その方々がいいサービスだな、と思ってくれればいいと思っています。一般向けに広がっていったら、それが企業の人事部の人の目に留まったり、「レシピー」をやっている社員や先生が会社や学校にお勧めしてくれて導入されたりとか。うちとしては明確に「この領域を狙っていく!」という感じではないですね。

自分自身のニーズに忠実に
その中でもやっぱり事業としては「英語」という軸をぶらさずにやってきていますよね。そもそも山口さんが英語学習・英語教育の世界に参入しようと思った理由は何だったんでしょうか?
3つぐらい大きな理由があります。1つ目は「日本人が世界でもっと活躍してほしい」ということ。自分自身もいままでビジネスを行ってきた中で、海外出張に行ったり、いろんなカンファレンスで自分が喋ったりすることがあったんですけど、やはりそこで「言語の壁」を実感していたんです。英語を喋れないっていうだけで活躍できてないっていうケースをすごく見てきてたんで、その壁を取っ払って、その結果日本人が海外に出たり、海外の人が日本を知ってくれたりっていうきっかけになりたいと思ったんですね。
2つ目は、これも僕自身の経験ですが、受験英語と実際に海外で使う英語に大きな違いを感じたということです。日本では受験のために英語を勉強します。それ自体は無駄にはならないし、努力自体はいいことですけど、そこで学んだ英語が「実践的」ではないということを痛感したんですね。僕は大学の時に休学して、オーストラリアにワーホリに行ったんですけど、自分が知っている英語と現地で話されている英語のギャップがすごかった。だから、日本の英語教育を受験対策のための英語から実践的な方にシフトしたい、と思ったんです。今は世の中の流れとしてすでにそっちに行っていますが。
3つ目は、自分自身が英語学習にすごく困っていたということ。なぜ困ったのかを自分なりに考えてみると「日本語と英語の距離が遠い」ということに行き当たりました。我々日本人が英語を学ぶ時には、例えばヨーロッパの人々など「英語と言語的な距離が近い母語を話す人々」が英語を身につけるのとは違う苦しみがあるんだと思います。本来「日本人に適した実践的な英語学習」があるはずで、それを提供したいと思った、ということですね。
そして「レシピー」が作られるわけですが、その前身アプリ「ポリグロッツ」を初めて見た時のことを覚えています。世界の様々な「ニュース」を読んで英語を学ぶ、というのがとても新鮮でした。デジタルの利点を生かし、世界で起きていることをリアルタイムに知りながら英語を学べる。「英語を学ぶ」というのは本来こういうことだよな、と思いました。
BBCさんやCNNさんなど、各メディアがそれぞれ英語学習のための教材を出されているのは知っていたのですが、僕的にはもっといろんなメディアを自分の好みでカスタマイズして読みたいと思ったんです。例えば僕はテクノロジーに興味があるので、そういう記事がおすすめされたら嬉しい。そういった「興味で学べるニュース英語学習」というのは当時なかったかもしれないですね。
このアイディアもやはりご自身の経験から来るものなんですね。
結局すべて自分自身のニーズですね(笑)。エンジニアとして働いていた時、情報収集は英語で行っていました。テクノロジー系のメディアはアメリカの方が進んでいるからです。自分の興味のあることなので、毎日電車の中とかで 5分、10分英語を読んでいても全然苦じゃないんですよ。そういうことを続けていたら次第に英語への抵抗感がなくなって。会社で受けさせられていたTOEICの点数、特にリーディングがみるみる上がっていきました。これだったら忙しいサラリーマンでも続けられる。こういう学び方って今までなかったなと思ったんですね。
自分はエンジニアだからサービスは作れる。そして、自分のニーズだから自分で高速で改善できる。大企業ではできないスピード感で勝負したい、ということもあり、会社勤めを一区切りして、「英語学習サービス」で起業しようと思いました。
教育と資本主義
実際に起業して、サービスにどんな反応がありましたか?
出してすぐアプリの教育カテゴリで1位になって、ニーズがあることを再確認しました。出資も数千万規模で決まっていったりと、スタートとしてはとても良かったです。でもやっぱり「ビジネス」なんで、どこかで「お金」にしなきゃいけない。最初はとにかくユーザーを増やしたいから無料で使ってもらっていたんですけど、1年ぐらいたって、そろそろ売上げをちゃんと伸ばしましょう、ということになり課金を始めるんですけど、そこで「あ、リーディング教材ってお金にならないかも?」って(笑)。みんな無料なら読む。でも毎月何千円も払って読むかっていうとなかなかそういうわけにもいかないという。ここは今でも苦労しているところですかね・・・。「教育」と「資本主義的な売り上げ」という相反するものをいかに辻褄あわせていくかという(笑)。でもそこは面白いところだと思っています。

そこをもうちょっと掘り下げようかなと思っていまして(笑)。いまおっしゃった資本主義的な「売っていく」「金銭を得ていく」っていう部分と、山口さんの英語学習・英語教育への課題感みたいなもののバランスについて。
資本主義が完全に正解だとは思ってはいないけど、今のところはそれより優れた代替がないのかな、と。資本主義の中で生きていくこと自体には肯定の立場ですし、企業としては利益を出してなんぼ、というか、「みんなが必要としているモノやサービスの対価としてお金や時間を使った結果、企業の利益に繋がる」というのはすごく合理的で筋の通った世界だと思います。一方、教育っていうのは、お金を儲けるのと対極的なイメージもあるし、すぐ結果が出るものではない。英語学習を無理やり資本主義に接続すれば 「3日でペラペラになる!」みたいなサービスでとりあえず儲けて、あとはもういなくなる、みたいな解決もあるにはあると思うんですよ。でも、それってサステナブルじゃない。僕はそういうことはしたくないっていうのがあって、ちゃんと教育に役に立つサービスを作って、これと資本主義を両立させたくて、必死に頑張っている感じです。
ありがとうございます。今の話の延長かもしれないですが、スタートアップやベンチャーの世界では「イノベーションが大事だ」と必ず言われますよね。ポリグロッツ、および「レシピー」の「イノベーション」はどこになりますか ?
英語って今まで「教える人たちの勘と経験に頼った教え方」が多かったと思うんですよ。極論、100人の先生がいたら 100通りの「教え方」があるみたいな。学習者からしたら「結局、どの”学び方”がいいの?」と思うのは当然なことだと思います。
そこをデータを使って解析すれば、学習者一人ひとりの弱点を把握して、その人のレベルに合わせたカリキュラムを作ることができる。これが「レシピー」のメインフィーチャーでもある「Myレシピ」です。今もまだ改善は続けていますが、英語学習の世界でこれを本格的にできているところはないんじゃないかなと思っています。ここが弊社にとってのイノベーションですね。

今の「データを利用して」というところの仕組みをもうちょっと詳しく教えていただけますか?
学習者本人の学習履歴と、他の学習者の学習履歴のデータを利用します。まだ完成してない部分もあるんですけど、 やってる事はこうです。例えばTOEIC400点ぐらいの人がいて、その人はこういう単語を知らなくて、こういう発音ができてなくて、リーディングのスピードはこれくらいです、みたいなデータがあったとします。で、この人が「レシピー」で学習しているうちに、 3ヶ月後に600点になったとします。その要因はどこにあったのか、どんな学習をしたから点数が上がったのかをデータから弾き出して、他の同じようなレベル感の人にカリキュラムとして提供する、というイメージです。その人の学習履歴もデータとして蓄積されるので、またアジャストされて別の人の学習に利用される、というような感じです。

AIで英語学習はなくなるのか?
なるほど、そのデータの解析にAIやアルゴリズムが使用されているイメージですね。AIの話をすると、ここ数年でAIの発展は目覚ましく、様々な領域で利用されるようになり、語学の世界も例外ではありません。ここで「AIがあれば語学はいらないんじゃないか」という論調に触れざるを得ないと思うので、山口さんにも「AIと英語学習」はこれからどうなっていくかをお伺いしたいです。
AIのおかげで今はもう、ほぼタイムラグなく翻訳ができるようになってきていますよね。喋ったことも、ほぼリアルタイムに英語で伝えられる。もうオンラインだけの世界ならあえて英語を学習する必要はなくなるだろうなっていうのは、やっぱりそう思うんですよね。ただ、英語学習のマーケットはむしろ伸びると思っています。
逆に伸びていく?
はい、AIのおかげで、いままで海外の人々とコミュニケーションを取ったこともなかったような人たちが、コミュニケーションを取り始めるわけじゃないですか。するとリアルタイムで伝わるからこその「違和感」を色々覚えるはずなんですよ。
違和感とは?
先日読んだ『AI時代になぜ英語を学ぶのか』(町田章著、文春新書)という本にも書いてあったのですが、例えば、日本語って言いたいことが最後に来ることが多いじゃないですか。「今日、外で、お昼ご飯を、食べ・・・なかった」というように、英語では前に来るはずの「didn’t」が一番最後に来ないと意味が分からない。日本語と英語みたいに語順も構造も違う「距離の遠い言語同士」で「リアルタイム性」を追求しようとすると、AIの「予測」の精度が下がる。そうすると相手の反応に絶対違和感を覚えるはずなんです。挨拶程度の会話だったら大丈夫かもしれないですけど、ある程度の文章を喋ったり、コミュニケーションを深く取ろうとすると「違和感」が出始めて「あれ。なんでなんだろう」と感じる。「自分で言ってることって、相手にどう聞こえてるの?」みたいな。ここから、英語に興味を持つ人が増え、「潜在的英語学習者」の裾野が今以上に広がるんじゃないかと思っています。若い人も、おじいちゃんもおばあちゃんも「潜在的英語学習者」になる。
なるほど。面白いですね。AI翻訳・通訳でコミュニケーションを取ることによって、逆に英語に興味を持ち始める。
はい。AIによって本来言語が持ってる特性の違いが浮き彫りになる。で、この「違和感」から英語を「ちゃんと学ぼう」という日本人がどんどん増えるんじゃないかな。
もうひとつ、日本人ってすごく空気を読むじゃないですか。先進諸国で「私、英語が不得意で・・・」みたいな態度を取る人はそんなにいないですよね。片言でもどんどん喋っていくじゃないですか。だからいろんな国の人たちがいるリアルの場で、自分だけAI翻訳機を使って喋るのってちょっと恥ずかしいから、コソコソ勉強すると思うんですよ(笑)。
なるほど。最近よく目にする「英語学習は終わる」という論調とは一線を画す意見ですね。
最初にも言いましたけど、多くの人が「危機」と感じる物事があると、人間はその「危機」を織り込み済みで動くから「逆」に行くと思っているんです。僕が語学については今が攻め時だなと思ってるのはその確信があるからです。
ありがとうございます。最後になりますが、2026年の始めに、これからも増えていくであろう英語学習者に、ポリグロッツおよび「レシピー」が届けたい価値を教えてください。
もう「『レシピー』以外やらなくていいですよ」っていう事にしたいんですよね。特に日本人の英語学習においては。さっきも言ったように、「レシピー」は学習データを分析して一人ひとりに合った学習を提供することができます。そうなれば、いろいろなサービスに目移りする必要がなくなります。我々はみなさんの学習意欲に応えるサービスを作り上げますから、これだけ使えばいいですよ、っていう「決定版」的なサービスにしたいと思っています。まずはそれを伝えていきたいな。
あと今年は、「日本語学習者(外国人)向けのサービス」にもチャレンジします。僕が起業した理由の根底には「日本人が海外で活躍してほしいし、外国人にももっと日本に来て、日本を知ってほしい」という思いがあるんです。この英語と日本語の両輪をちゃんと回していきたいですね。
今年も終わりに近づいてきて、来月にはいよいよ新年を迎える訳ですが(インタビュー実施日は2025年12月)、英語学習者に一言お願いします。
「レシピー」は日本人の英語学習に特化したサービスとして開発しました。
受験のために英語をがんばっている方、留学を目指してがんばっている方、仕事やキャリアアップでがんばっている方、様々な目的で英語学習をしている方がいらっしゃると思います。そんな方々に少しでも「レシピー」を知ってもらって、使っていただきたいと思っています。
実は年明けから、我々の思いに共感してくださるある方と一緒に「レシピー」の認知を広めていく予定です。まだ情報解禁前なので言えないことが多いのですが、弊社のイメージにもピッタリで、きっと英語学習をがんばっているみなさんと一緒にがんばってくださる方なので、ご期待ください!
みなさん、どんどん「レシピー」を使って、フィードバックをください。そうしたらどんどんサービスの改善ができますので!
ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。

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