「透明になりたかった」少女が、言葉と表現で作った居場所 三浦アークインタビュー(1/2)

進行・構成:POLYGLOTS magazine編集部 写真:Coco Taniya
POLYGLOTS magazine独占インタビュー、今回は、映像作家・アーティストとして活動しながら、アフリカにルーツを持つミックスルーツの若者たちの居場所づくりにも取り組んできた三浦アークさんにお話を伺いました。
東京都出身で、アフリカにもルーツを持つ三浦さんは、幼少期をインターナショナルスクールで過ごしたのち、日本の公立の小中一貫校へ転校。その環境の変化の中で感じた違和感や、見た目や属性をめぐる経験は、当時の三浦さんにとって大きな戸惑いを伴うものでした。中学時代に日記に書き留めていた感情は、のちにオリジナル楽曲「Invisible」として形になり、その頃抱いた疑問や経験が現在の表現活動の原点になっています。また、高校入学後には、同じような背景を持つ若者たちが安心して集える場として「アフリカンユースミートアップ」を仲間と共に立ち上げ、対話と交流の場を育んできました。
音楽は、自分自身とつながるためのセーフスペース。一方で映像は、個人の経験を社会と共有するための手段と捉え、短編作品の制作や上映を重ねてきた三浦さん。近年は、NHK Eテレの福祉番組「toi-toi」への出演をきっかけに、ミックスルーツに限らず、さまざまな背景を持つ人たちとの対話や連帯にも活動の軸を広げています。
今回のインタビューでは、「透明になりたかった」と感じていた過去の経験から、言葉や表現に救われてきたこれまで、言語や文化を越えて人と向き合うことの大切さ、そして現在制作中の長編映画『アークによる桂子』に込めた思いまで、三浦さんの歩みと考えをじっくりと伺いました。
「透明になりたかった」中学生時代と、表現の原点
まずは、三浦さんのこれまでのご活動についてお聞かせください。
三浦アークと申します。東京都新宿区出身で、 お父さんが東アフリカのウガンダ出身、お母さんが日本人なので、ミックスルーツです。今の雰囲気的には「ミックスルーツ」って言った方がいいんだと思いますが、いわゆる「ハーフ」ですね。
12歳まで都内のインターナショナルスクールに通っていましたが、家庭環境の変化もあり、千葉県の鴨川市にある小中一貫校に転校することになります。 そこで感じた違和感やマイクロアグレッション*の経験は今の自分の活動の出発点になっています。
高校入学を機に東京に戻ってきた時から、「アフリカンユースミートアップ」という活動をさせていただいています。私みたいにアフリカにルーツを持つ若者たちが自分らしくいられる場所として仲間と立ち上げて、イベントも開催してきました。
アフリカンユースミートアップで活動をする中で、ちょうど 2020年にBlack Lives Matter(BLM)*のムーブメントが拡大し、日本でもアフリカルーツの人々への理解や意識が高まり、取材が増えました。その頃から映像制作をして自分の経験を伝えるようになりました。高校卒業後もギャップイヤー*をとって短編映画を制作し、2022年には東京外国語大学の「TUFS Cinema」*という企画で自主制作映画『エミリーとブレーキー』を上映させていただきました。今は『アークによる桂子』(英題:「Keiko by Ark」)という長編デビュー作に取り組んでいます。
*マイクロアグレッション
日常の中で、意図せず相手を傷つけたり、差別的に感じさせたりする言動や態度のこと。本人に悪意がなくても、受け手にとっては負担や不快感となる場合がある。
*Black Lives Matter(BLM)
黒人に対する暴力や差別に対する抗議活動、および黒人の命と尊厳を訴える社会運動。2012年、アメリカ・フロリダ州で起こった「トレイボン・マーティンさん射殺事件」に端を発する。2020年、ミネソタ州での「ジョージ・フロイドさん殺害事件」により全米はもとより世界にその理念と抗議活動が広がる。現在は世界各地で人種的不平等について考えるきっかけとなっている。
*ギャップイヤー
進学や就職の前後に、学業や仕事から一時的に離れて過ごす期間のこと。海外滞在やボランティア、自己探求などを目的とする場合が多い。
*「TUFS Cinema」
東京外国語大学(Tokyo University of Foreign Studies)の主催する、世界諸地域の社会・歴史・文化などの理解を深めることを目的に、世界の諸言語による映画等の上映会・トークセッションを行う、不定期開催イベント。
「アフリカンユースミートアップ」は、どのような背景から始まった取り組みなのでしょうか。
この活動は、NPO法人アフリカ日本協議会(AJF)のもとで行っているのですが、そこでは「アフリカンキッズクラブ」という、在日アフリカンと日本人の間に生まれた子どもたちが、自分のルーツに触れられる機会をつくるイベントが行われているんです。私は高校に入学する前の春休みに当時AJFの代表であった方と知り合い、キッズクラブのイベントに参加するようになりました。
自分と似たルーツを持つ人たちと集まる機会はそれが初めてで、日本社会で暮らしていると普段は自分がマイノリティであると感じることが多いのですが、そこでは自分がマジョリティ側にいるように感じられました。その新鮮な居心地の良さが、とても印象に残っています。
そこから、同じ10代のミックスルーツの人たちともっと踏み込んだ話ができる場所が欲しいと思うようになって、当時のアフリカ日本協議会の代表に相談したことで「アフリカンユースミートアップ」が始動しました。当時は中学時代の経験にとても苦しんでいた時期でもあり、それを話したかったんです。
中学時代の経験が、今の活動の原点になっているとのことですが、差し支えなければ少しお話しいただけますか。
はい。日本の多くの中学校がそうなのだろうと思うのですが、当時私が通っていた中学校は校則が厳しく、部活動もハードで、さらに高校受験のプレッシャーも重なり、一番追い詰められる時期でした。
ある時、「ブレイズ」というアフリカ系の編み込みの髪型をして学校に行ったことがあります。すると、それが校則に照らして「華美」だと判断され、先生から指摘を受けました。自分のアイデンティティが学校との衝突になるという経験は、とても辛かったです。
また、見た目だけで「バスケが上手いんじゃないか」と期待されることが多く、そのコンプレックスを乗り越えたいという気持ちもあってバスケットボール部に入りました。ただ、実際には練習にまったくついていけず、思うようにいきませんでした。すると今度は、「バスケができない」という理由で、いじめられるようになってしまったんです。
上下関係も本当に厳しく、顧問の先生の強い言葉に傷つくこともありました。そうした中で、中学1年生のときにうつ病を経験しました。中学時代に経験した出来事や抱いた違和感は、今の活動の大きな原点になっています。

歌と映像がつないだ、自分と他者
その経験が、どんなふうに発信活動へとつながったのですか。
私が中学時代に住んでいた地域は、たまたま自由な生き方をしている大人が多かったんです。脱サラして古民家改造をしている人とか…。学校生活は辛かったですが、地域ではそうした面白い大人たちとの交流がたくさんあって楽しかったです。
その中で、中学時代に日記に書き留めていた苦しみをもとに制作した「Invisible」という楽曲を、地元のカフェのオープンマイクで演奏させてもらったこともあります。また、学校や日常生活の中で生まれた疑問を大人に問いかけてみる「フィロソフィーナイト」という場を、週末に開いたりもしていました。
学校の外にこういう温かいコミュニティがあったから、生き延びられたんだと思います。
高校時代から、「Invisible」を演奏した動画や、社会に対して訴えかけるようなショートムービーを発信するようになりました。映像は、自分と社会をつなぐ「橋」のようなものだと感じていて。脚本を書くことで言葉の力も使えますし、自分で作詞作曲した音楽をサウンドトラックとして使うこともできる。自分の力を最大限に発揮できる媒体だと思っています。
Invisible
中学2年生の三浦さんが、いじめに苦しんでいた時に作ったオリジナル曲。「もし1日だけ透明になれたら」というフレーズが繰り返される。(https://linkco.re/vxeVFuY3)
If I could be invisible for just one day, invisible for just one day
Then I would draw crap on that idiot’s face, would have all the space
(もし1日だけ透明になれたら 1日でいいからあのガキの顔に落書きをできる自由もある)
楽曲制作もしているので、「歌もやってもいいんじゃない?」と言われることはよくあります。でも、私にとって歌は、人に聞かせるためというより、自分自身とつながるためのものなんです。ミックスルーツとして生きていく中でぶつかるさまざまな壁は、両親や仲の良い友達でも分からないことが多い。そんなときに、自分を肯定できるツールであり、セーフスペースになっているのが歌です。
一方で、映像はコストもかかりますし、一人ではできない表現です。だからこそ、映像を軸にして社会と向き合っていきたいと考えています。
「アフリカンユースミートアップ」の企画や、映像・音楽制作に携わる中で、誰かに影響を与えたと感じたり、ご自身に新しい気づきが生まれたりした経験はありますか。
影響を感じ始めたのは、本当に最近です。それまでは、ずっと自分のためにやっているという感覚でした。「アフリカンユースミートアップ」も、もちろん自分と同じような辛い経験をする人を出さないため、という思いはありましたが、それ以上に、中学時代の自分を癒したいという気持ちが大きかったんです。
でも、自分のためだけに書いたはずの「Invisible」を発信してみたら、たくさんの人が喜んでくれて、「意味があったんだな」と感じました。誰かが共感してくれたり、自分が作った作品を見て何かを感じてくれたりしたことが、とても嬉しかったです。
そうした経験を通して、自分は透明な存在ではないんだと思えるようになりました。
「Invisible」の歌詞でも「透明になりたい」というフレーズが繰り返し歌われた後に、Maybe I don’t want to be invisible. It’s the only way to hide from my mistakes.(もしかしたら、私は透明になりたくないのかも。ただ、自分の苦い経験や失敗から逃げたいだけなのかも)という歌詞も出てきますよね。アークさんにとって「透明でない状態」とはどのような状態なのでしょうか。
「そのままでいても、何の支障もない状態でいたい」、ということだと思います。
その部分のIt’s the only way to hide from my mistakes. の「mistakes」も、そこで表しているのは失敗そのものではなくて、うまく馴染めずに笑われていた自分の姿だと感じています。
インターから日本の学校に転校したとき、私はそれまで日本の教育を受けてきたことがなかったので、できないことがたくさんありました。でも、それは本当は「mistakes」ではないんですよね。ただ、みんなと同じようにできない、馴染めない自分がそこにいただけで。だから私は、たとえ馴染めなくても、否定されずにそのままでいられる状態でいたい、と思っていました。
当事者たちとの対話が教えてくれたこと
三浦さんから見て、今の社会は「透明になりたいと願う人たちが、透明にならなくてもいい社会」へと少しずつ変わってきていると感じますか。
近年は、「ハーフ」と呼ばれる人たちが、さまざまな分野で活躍するようになってきました。文学の世界でもそうですし、戦後の混乱期と比べれば、とても良い時代になってきているとは思います。ただ一方で、まだまだ多文化的な背景を持つ人たちへの対応は不十分だと感じる場面もあります。
たとえば、新宿区は東京都の中でも在日外国人の数が最も多く、成人式でも多様性を掲げていることから、毎年ニュースになります。私も数年前に新宿区の成人式に参加したのですが、そのときもあるテレビ局の取材が入っていて、私が席に座ると、許可もなくカメラを向けられ、アシスタントの方から「Are you a foreign exchange student?(留学生ですか?)」と声をかけられたんです。
そこで「No.」と答えたのですが、家に帰ってニュースを確認すると、その局の報道で、まるで外国人であるかのようなテロップとともに、私の写真が使われていました。これは、かなり暴力的なマイクロアグレッション*の一例だと思います。
令和の今でも、こうしたことが起きている。その現実については、やはり改善されてほしいと感じています。
そうした状況を少しでも良くしていくために、何ができるでしょうか。
とても難しい問題ですよね。私は、中学時代の辛かった経験が、今では逆に自分の活力になっています。自分の映像作品を発信したり、テレビ番組に出演させていただいたりと、そうした機会を一つの武器にしながら、これからもいろいろな形で発信していきたいと考えています。
今のお話にもありましたが、三浦さんはNHK Eテレの福祉番組「toi-toi」に出演されているんですよね。
はい。これまでは、自分のミックスルーツというアイデンティティを軸に考え、発信することが多かったのですが、「toi-toi」には、ミックスルーツ以外にもさまざまな「当事者」の方が出演しています。その方たちは、それぞれ自分たちの当事者団体で活動されていたりもするんです。
属性は違っていても、共通点や似ている部分がたくさんあります。そうした幅広いアイデンティティを持つ人たちと対話を重ねることで、日本社会の「歪み」のようなものが、より総合的に浮かび上がってくる気がしています。そういう人たちとつながり、連帯しながら、その歪みに目を向けていくこと自体が、大きな力になるのではないかと思います。
NHK Eテレ toi-toi
ある人が心の奥底に抱いてきた「問い」を、みんなで考えてみようという新しい福祉番組。
「問い」を立てた主人公が、多様な視点をもった人たちと対話しながら、「問い」を探求。
違いを認め合い、ともに生きる世の中を実現するためのヒントを探ります。
三浦さん自身が主人公になった回が以下の日程で再放送されます:
「 “ことば”に救われるのって、なんでだろう?」
2月19日(木) 20:00~20:30
2月22日(日) 0:00~0:30 (※土曜深夜・ミラノ・コルティナオリンピック2026の放送スケジュールにより、再放送が休止になる場合があります。)



