語学とは、「相手の気持ち」になること
ネルソン・バビンコイ インタビュー(2/3)
進行・構成:POLYGLOTS magazine編集部 写真:Coco Taniya
「ゆだねられた意味」を探して ——ネルソン流「英訳術」
『パプリカ』にいままでの活動が集約されたという感じですね。英語版の歌詞をあらためて読みましたが、とても素敵ですね。元の歌詞には「心遊ばせ」とか「かかと弾ませ」といった少し難しい表現もありましたが、英語版はそのニュアンスを残しつつ、すごくシンプルに楽しい感じが伝わってきます。
やっぱり元の歌詞がいいからですよ。でもこれは僕にとっても自信作ですね。英訳でいつも苦労するポイントは、音節。英語に直訳しただけだとメロディにはめた時に音の数が足りないんです。例えば日本語で「私はあなたが好きだよ。」(12音節)は英語で”I love you.”(3音節)で終わっちゃうから、その後のメロディーを埋めないといけない。だから、何をプラスアルファすれば作詞者の意図に沿うのかっていうことを常に考えます。あとは言葉と言葉のつながり(リンキング)。「twisting and turning」は、twistingの最後の音が、次のandに繋がる。「トゥイスティング エンド ターニング」とは言わないんですよね。音がリズムの邪魔をしないような言葉選び方には気をつけています。
ただ翻訳するだけでなく、「音楽的に」合わせることをすごく意識しているんですね。
そう。理想はメロディをちょっと調整できたらいいんですけどね・・・。『パプリカ』はやっぱり子供が歌うものだし、子供が聞いても、多少ついていけるようなシンプルな英語にしなければいけなかったから、本当に難しかった。製作中はずっとパズルのピースを探しているような感じでした。言葉が「降りてくる」のを待っている感じで。「きた! この言葉!」っていう瞬間は達成感があったな。超クリエイティブな経験ですね。
音楽的な調整はもちろん、日本語と英語では表現の「質」が違うと思うのですが、文化の違いからくる表現方法の違いをどのように乗り越えていますか?
日本語には「直接的に言いすぎない」という美学があります。遠回し、曖昧、主語がない、つまり受け取り側に「ゆだねる」文化。でも、英語だとそれができないから「ゆだねている」部分をこっちが補足するしかないんです。だから作詞した本人と会って話すと早いんですよね。「この部分の主語は“私”だよね? “君”じゃないよね?」みたいな確認ができるので。
アーティストと話していると「へー、俺の歌詞こうなるのか」「こんな意味もあったのか、考えたことなかった!」ってよく言われます。英語詞にすることによって、本人も気づいていなかったことが浮き彫りになる。だからどんな日本語の曲にも英語版があったら面白いのにって思います。日本語と英語の相乗効果で、歌詞が多面的になるから。
自分の仕事は勝手にco-writing(共作)だと思っているんですよね。日本語から英語への「翻訳」というよりは、「英語バージョン」を新たにゼロから作っているつもりです。
日本語は抽象的で曖昧で「ゆだねる」文化とのことですが、逆に英語は意味が「固定」されるものなのでしょうか?
もちろん全然そうじゃないものもいっぱいありますよ。たとえばradiohead(レディオヘッド。イギリスのアートロックバンド)の歌詞などがそうです。ただ、メインストリームで売れるようなポップミュージックは、繰り返しが多く、リズムが大事で、歌詞はメッセージが伝わりやすくて単純なものが多い。目的が何なのかで変わります。僕はJポップって超贅沢だと思っていて。メロディも歌詞も両方優先できるんですよ。メロディは素敵で、リズムも素敵で、歌詞も抽象的で素敵で、全部乗っていていいんですよね。英語だとどうしても、どっちを優先するか決めないといけない。歌詞の抽象性を優先するのであれば、音楽のキャッチーさを諦めて、魅力的な歌詞にしてBob Dylan(ボブ・ディラン。アメリカのシンガーソングライター)的な語りにするとか。ただ、ポップミュージックでみんなに聞いてほしいんだったら、リズムとメロディが一番大事。歌詞はそこにハマるようなシンプルな表現にしなきゃいけないんです。
洋楽・邦楽問わず、ネルソンさんが「歌詞もメロディも両方うまくいっている」と思う楽曲はありますか?「これ聞いてみて!」というおすすめがあれば教えてください。
難しいですね・・・。自分が最初に「音楽すげえ! 歌詞すげえ!」って思ったのは、third eye blind(サード・アイ・ブラインド。アメリカのオルタナティブロックバンド)の 「motorcycle drive by」って曲。初めて自分のお金で買った、彼らの1stアルバムに入っている曲です。
I’ve never been so alone, and I’ve never been so alive
Motorcycle Drive By
こんなに孤独を感じたことはない
そして、こんなにも「生きている」と感じたこともない
third eye blind “Motorcycle Drive By”
とてもシンプルだけど「孤独」と「生きる」って矛盾するようなことが同時に存在している。哲学的でとても好きです。日本語なら、Mr. Childrenの「しるし」。
最初からこうなこうなることが決まっていたみたいに 違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いている
しるし
どんな言葉を選んでもどこか嘘っぽいんだ 左脳に書いた手紙ぐちゃぐちゃに丸めて捨てる
もう「なにこれ?うわー!」って。大学の時に「訳したからみんな読んで!日本にはこんなすごい歌詞があるんだ!」って言ってました。あ、あとRADWIMPSの「有心論」もいいな。
今まで僕がついた嘘と 今まで僕が言ったホント どっちが多いか怪しくなって 探すのやめた
有心論
自分の中の嫌いなところ 自分の中の好きなところ どっちが多いかもう分かってて 悲しくなった
「何この曲!悲しい!深い!」みたいな。さっきのthird eye blindもそうだけど、異なる 2つの真逆の気持ちが同時に存在するっていう。人間ってきっとそういうことなんだよね。矛盾を抱えながら「なんで自分はそうなのか」って考えることが人間なんですよね。だから僕は「矛盾」を歌う歌詞が好きですね。
日本では哲学的な歌詞でもヒットになるっていうのが、さっきおっしゃっていた「贅沢」って言うことですね。
はい。スピッツとかもキャッチーかつ意味深で、哲学的で好きですね。あと、くるり! 僕はNHK Worldで『tiny desk concerts JAPAN』(アメリカの公共放送NPRの人気音楽コンテンツの日本版。ステージではなく狭いオフィスで音楽を演奏するのが特徴)の英語字幕を担当しているんですけど、くるりがこの番組に出演することになって、彼らと打ち合わせをする機会がありました。実は僕は彼らの「ばらの花」という曲が好きすぎて、以前、自分なりに英語バージョンを作って歌っていたんですね。それをご本人である岸田繁さんに伝えたら、とても気に入ってくれました。
どんな歌詞にして歌っていらっしゃったんですか?
ジャンジャーエール買って飲んだこんな味だったけな
ばらの花
っていうところは直訳すると
I bought some ginger ale and drank it.
Is this how it used to taste?
になりますけど、僕はここを
Strange-tasting ginger ale
Have my memories gone stale?
としました。この歌って、曲の冒頭で「飲み干したジンジャーエール、気が抜けて」って言っていて、この部分は「あの頃おいしく感じてたジンジャーエールが今はおいしく感じなくなった」っていうことを言っています。「気(炭酸)が抜けた」は「It went stale.」って言ったり、「炭酸が抜けた飲み物」を「stale drink」って言うんです。そこで「ale」と「stale」で韻を踏みつつ、「おいしくないのはジンジャーエールの気が抜けたからなのか? それとも自分の気憶や感度が悪くなった(気が抜けた)からなのか?」っていう歌詞にしました。歳をとるってそういうことじゃん? 本人も褒めてくれたのはとてもいい思い出です。
素晴らしい英訳ですね。鳥肌が立ちました。
いいねー! よし!(笑) いつかは自分のやってきたいろんな曲の英訳をまとめて、ベスト盤を作ったり、ライブをやりたいなと思ってます! 売れたらやります(笑)。