語学とは、「相手の気持ち」になること
ネルソン・バビンコイ インタビュー(3/3)
進行・構成:POLYGLOTS magazine編集部 写真:Coco Taniya
ポッドキャストで「偏見」を壊したい
最近ではミッキーさん(フォーンクルック幹治さん。アメリカと日本のミックスルーツを持つ俳優・DJ)とのポッドキャスト『日本語JōZUですね!』でも活躍されていますね。この「日本語上手ですね」というタイトルがちょっとした皮肉になっていますよね。
僕らが日本人から一番言われる言葉。この皮肉は分かる分かる人に分かればいいと思ってます(笑)。僕は本当にポッドキャストLOVERで、 2013年ぐらいから映画とかポップカルチャーのものを中心に毎日ずっと聞いてます。自分が好きなエンタメ作品ってなぜか日本ではなかなか流行らないから、「あれ見た? 面白いよね!」て語りたいのに語れない。そんなときポッドキャストは最高。自分の代わりに語ってくれる人がいて「そう、それ! そのシーンよかったよね!」とか「それ、そういう意味だったのか!」とか思いながら聞く、友達みたいな存在。ニュースからエンタメまでジャンルは多岐に渡るし、運動や家事をしながらの「ながら聞き」に適してるから、情報インプットソースとしても最高。みんなポッドキャストの良さに気づけーって思ってます(笑)。
それに、みんなポッドキャストをやった方がいいと思うんですよ。誰も聞いてなくてもいいから。自分の思っていることを口に出して伝えるっていう行為の練習になるし、自分で音声編集すると、自分の喋りの悪い癖に気づく。結果コミュニケーション力がとても鍛えられる。誰でもiPhoneだけで作れるし、ローコスト・ハイリターンですよ。
映画や音楽の話はもちろん、昨今の世界情勢や社会問題、日本の政治についても鋭く切り込んでいますね。ネルソンさんは今の世界や日本をどう見ていますか?
ソーシャルメディア、アルゴリズム、コロナは世界中の世論の形成に大きな影響を与えたと思っています。まずソーシャルメディアにつながる、そしてアルゴリズム(自分の行動履歴から、次の行動をサジェストされるような仕組み)で自分の価値観が固定されて、フィルターバブル(自分と同質の意見のみがある世界)に入っていく。それプラスコロナで、みんなが内向きになっていって、「外」に対する恐怖が増大している。
こういう流れに対して、僕はある種開き直りじゃないけど、「長い目」で物事を見なきゃいけないと思っています。ここはもうそういう時代の流れなんだって。
「みんなもっとポジティブで寛容になろうよ」って僕は思うけど、それは当たり前じゃないんだなっていうのを改めて気づかされています。だから僕はもう人の世界観を「違う」って言えない。その人が生まれ育って見てきた世界や教えられてきたものを否定できない。だから、「そっち」と「こっち」で否定し合うのではなく、両方を見ていきたいし見てほしいと思う。まさにさっきの歌詞の話じゃないけど、「2つの矛盾する価値観」は同時に存在していいはずなのに、今そういう話ができなくなってるって感じています。
だからこの『日本語JōZUですね!』でやりたいことは、僕やミッキーというフィルターを通して、みんなの「偏見の壁」をぶっ壊すこと。普通、僕みたいな見た目の人がこんなに日本語を上手に喋るって思わないでしょ? でもこんな風に流暢に話していると、いつしか相手も僕が日本人であるかのように喋るようになって、ある時「あれ? そういえばネルソンってアメリカ人だよね」ってなる。だから「外国人だからこう」とか「アメリカ人だからこう」とかじゃないんですよ。聞いた人にとって、「あれ、ひょっとして自分は考えすぎてた?」「偏りすぎてた?」っていう「気づき」になったら、僕たちのポッドキャストは最高のコンテンツになると思う。
今後『日本語JōZUですね!』をどんなふうにしていきたいですか?
もっと大きくしていきたいですね。アメリカでは大手プラットフォームがポッドキャストを作ったり買ったりしてビジネス化する流れが進んでいますが、僕たちは自分たちの言いたいことを言うためにパトレオン(クラウドファンディングの一種)という仕組みで運営してます。だから、パトレオンさん(有料会員)がもっと増えるといいなと思っています。そうなれば、イベントとか動画とか、今できていないことももっとできるので。

AI、empathy、言葉を学ぶ意味
弊社ポリグロッツはAIを利用した英語学習アプリを開発・運営しています。そんなこともあってこのPOLYGLOTS magazineでは、インタビュイーの皆さんに「AIと言葉」についてお伺いすることが多いのですが、ネルソンさんは今、AIをどう見ていらっしゃいますか? ネルソンさんのお仕事の一つである日本語詞の翻訳に、AIはどう影響すると考えていらっしゃいますか?
「人間らしさ」ってどういうことなのかと考えると、さっきも言いましたけど「矛盾」だと思うんです。 「2つの矛盾する物事が同時に存在している」ってことを受け入れる能力はAIにはまだしばらくないはずです。 小説、歌詞、映画とか「アート」といわれるようないわゆる「人間らしい」表現力が求められるものに関して、今AIは「85点」ぐらいまでの解を出してはいるんですよね。だから受け取り手である僕たち人間が「100点満点じゃなくていいんだ」って思ってしまったら、それで終了。そこで人間が満足していると、なかなか「傑作」は出てこない。
以前インタビューした翻訳者の平野暁人さんも同じようなことをおっしゃっています。AIが出す解は、最大公約数のようなもので、そこで満足すると、人間が求めることの水準が下がっていくのではないか、というような。
音楽のフォーマットでいうと「MP3」とか「WAV」とか「AIFF」とかのフォーマットで音楽を聞いても誰も聞き分けができないですよね。これらは圧縮され、いらない部分がカットされた音。今みんな配信でこういう音を聞いている。っていう感じに近いですよね、そういう時代。
「低下する満足レベル」に対抗する術ってあるのでしょうか?
「不完全なもの」、例えば「侘び寂び」とか、変な韻を踏んでいるとか、変なリズムの置き方とか、そういったものは逆に評価されたり、重要視されると思う。だからバンドなどの「生のパフォーマンス体験」はどんどん価値があがる、と思いたい。
AIのおかげで我々は「余裕」ができるはずじゃないですか。余裕ができた分、「よし、じゃあ85点はAIで、残りの部分を人間が時間をかけて100点にしようぜ」っていう時代だと思う。
だからAIがやってくれないであろう「哲学」の勉強が大事だと思います。これから学校で哲学しか勉強しなくていいと思うぐらい。だって他の教科は全部AIがやってくれるから。これからは「自分の分身」になる AIを、自分の仕事を的確にやってくれるように育てる。その分、自分には余裕が出来て、アートや哲学などの人間らしい行為をする。そう言う意味で、AIを「利用」していかないとダメですね。
「どんどん利用してやる!」ぐらいの気持ちでいることが人間にとって大事ということですね。
モラル的に許せない人もいるんだろうけど、もうそういう時代じゃない。AIに人間が置き換えられる前に、自分を置き換える。この先それしかないと思うんですよ。翻訳や通訳に関して言えば、技術だけだと人間はいらなくなってしまうと思う。だから、結局「コミュニケーション」が大事になるんですよね。そこに言葉を学ぶ価値はまだまだあるって信じたい。
相手の言葉が喋れるようになると、本当のコミュニケーションが取れるようになる。それは「相手の気持ちに共感」できる、ということです。これを英語でempathy(エンパシー)って言うんです。「その人になろうとする」ということ。「他人の靴をはく」(Walking in someone’s shoes)なんていう言い方もあります。それにはやはり「言葉」が必要なんです。僕の中には「日本人のネルソン」と「アメリカ人のNelson」の 2人が存在してるんですよね。二重人格ぐらいの感覚。でもそのおかげで、「Nelson」ではわからなかった日本人の感性が「ネルソン」には分かった。これがempathy。
もしAIが発達して相手の言っていることがすぐに通訳されて耳に入ったとしても、コミュニケーションにはならない。やっぱり、キャッチボールがあるから楽しいんだよね。これをいろんな言語でできることが評価されると思うんですよね。だから僕たちは言葉はAIより上手くならないと。難しいけどね。たとえば僕は日本語の英訳に関しては、「100点満点」に持っていく自信がある。言葉について自信が持てるようになったからこんな風にコミュニケーションが取れるんですよね。
アメリカ人であるネルソンさんと日本語でこんなに濃いコミュニケーションができると、本当に言語を学ぶ意味があるんだなって実感します。一方、学習者には「そこまで上手くなれる自信がない」という人もいると思います。そんな人たちに対してアドバイスをするとしたらどんな言葉を伝えますか。
できるよ! 英語で言うと”Fake it till you make it.”(できるまでは、できてるふりをすればいい)っていうやつ。アメリカ人はそういう人が多いんだよね(笑)。最初から「日本語上手いぜー」って言っちゃうタイプ。アメリカはそういう人も伸ばしていく風土があるけど、日本では「横並び」がいい、みたいな考え方もあるから・・・。いや、全然とんがっちゃっていい。出る杭になってくれ!(笑)
AIによって余裕ができるから、勉強に当てる時間も増えるはず。あとは本当にもう自分次第。目的があれば絶対できるから!

ネルソンさんから英語学習者の皆さんへのメッセージ
POLYGLOTS magazine独占インタビュー キニマンス塚本ニキさん編はこちら:
POLYGLOTS magazine独占インタビュー 平野暁人さん編はこちら: