多彩な表現で、今を楽しむ
オカモトヒロヤが語る「文化、生き方、英語学習」(1/2)

進行・構成:POLYGLOTS magazine編集部 / 写真:Coco Taniya / 撮影協力:platform3

POLYGLOTS magazine独占インタビュー、今回は、男性同士の恋愛を描くNetflixのリアリティシリーズ『ボーイフレンド』シーズン2への出演をきっかけに注目を集め、現在はクリエイター、アートディレクターとして幅広く活動するオカモトヒロヤさんにお話を伺いました。

北海道で生まれ育ち、建築を学んだのち、ロンドン留学やデザイン・アートディレクションの仕事を経験してきたヒロヤさん。現在は独立し、アート、写真、文章、映像など、ジャンルを横断しながら表現活動を続けています。

ロンドンでの生活は、ヒロヤさんにとって、英語を学ぶだけでなく、言葉と人との距離感について考える大きなきっかけになりました。異なる言語や文化を持つ人々と出会う中で、言葉がコミュニティのあり方や帰属意識に影響することを実感し、同時に、自身のセクシュアリティを少しずつ受け止めていく時間にもなったといいます。

今回のインタビューでは、留学時代に感じた日本と海外の空気の違いをはじめ、LGBTQ+をめぐる社会の受け止め方、家族や制度との向き合い方、そして表現者として社会的なテーマとどのような距離感で関わっていくのかについて、率直に語っていただきました。

また、英語はより早く、より多くの情報に触れるためのツールだと考えるヒロヤさん。言葉を学ぶことは自分の世界を広げ、他者の文化や感情に近づくことでもあるという実感に満ちたお話は、英語学習者のみなさんにとっても、言葉と社会、そして自分自身との向き合い方を見つめ直すきっかけになるはずです。

新しい世界に飛び込んで、出会った自分

—— まずはヒロヤさんご自身についてお伺いします。簡単にこれまでのキャリアについて教えてください。

はい。僕は北海道で生まれて、そのまま北海道で育ちました。いわゆる「北海道の中で完結する世界」の中で育った感覚があって、進学も自然な流れで北海道大学の建築学科に進んでいます。周りからも「北大に行けば大丈夫だよね」という空気があって、自分自身もあまり疑問を持たずに選んでいたと思います。

ただ、大学に入ってから少しずつ意識が変わっていきました。建築学科では西洋美術史や西洋建築史を学ぶんですが、教会建築や海外の建築家の名前をカタカナで学んでも、どうしても実感が持てなくて。「自分は世界を知らなすぎるな」という感覚が強くなっていきました。

—— そこから海外に行こうと思われたんですね。

そうです。ちょうどその頃、道外から来た学生や留学生と接する中で、「北海道の外にも当たり前に世界がある」と実感するようになって。そこから「一度自分の目で見てみたい」と思うようになり、大学3年生のときに1年間休学してロンドンに行くことを決めました。

ヨーロッパを見て回ることも大きな目的だったので、いわゆる交換留学ではなくて語学学
校に通いながら自由に過ごす形で、留学というよりも「遊学」に近い過ごし方をしていました。

—— 行く前の英語力はどのくらいだったのでしょうか。

正直、ほとんどゼロでした。受験英語はやっていましたが、スピーキングは全くできなくて。到着してすぐの入国審査で、早口でいろいろ質問されて全然聞き取れず、舌打ちされたりしてしまって。最初からかなり衝撃的な体験でしたね。

ロンドンに住みながら、週末にはヨーロッパ各地を回っていました。ロンドンからヨーロッパはアクセスがよくて、バスでフランスに行けたりするんですよ。ユーロスター*もありますが学生には高いので、安い長距離バスでパリやベルギーに行ったりしていました。今思うと少し危ない旅だったかもしれません。笑

—— かなり多くの都市を回られたんですね。

数えてみたら20以上の都市に行っていました。大きな街が好きで、パリやバルセロナは特に印象に残っています。オランダも建築や美術館を巡る中で記憶に残っている場所の一つです。

—— 卒業後はどのようなお仕事に就かれたのでしょうか。

最初は「OWNDAYS」(オンデーズ)という眼鏡ブランドに就職して、店舗デザイナーとして働いていました。当時は日本ではそこまで知名度が高くなかったんですが、シンガポールやタイではすでにトップシェアのブランドで、海外に多く展開している会社だったんです。

面接のときに「海外の支部も任せられるよ」といった話をいただいて、それが決め手になりました。ロンドンでの経験もあって、その頃はかなり海外志向が強くなっていたので、「いいじゃん」と思って。

—— 留学を経て、キャリアの選び方にも変化があったんですね。

かなり影響は大きかったと思います。実は当時、ロンドンの大学院に進学することも考えていました。北海道大学の建築学科って、多くの人がそのまま大学院に進むんですが、自分は学部で卒業しています。

理由はいくつかあって、まず研究よりも実務のほうに興味があったこと。もう一つ大きかったのは、ロンドンで出会った友人の存在ですね。

現地でルームシェアをしていた韓国人の友人が、30歳を過ぎてからお金を貯めてイギリスに来て、語学学校でIELTSの勉強をして、そのあとロンドンの大学院に進学するというルートを歩んでいて。その姿を見て、「一度社会人実務を経験してから大学院に行くのもありだな」と思うようになりました。

それで一度東京で働いてみようと考えて、就職を選びました。

—— その後、チームラボ(デジタル技術を駆使してアート・サイエンス・テクノロジー・自然界の交差点を模索する国際的な学際的集団)に転職されていますが、そのタイミングでは大学院進学の考えは変わっていたのでしょうか。

そうですね。もともと札幌しか知らなかった状態でいきなりロンドンに行ったので、「海外ってすごく楽しい」という印象が強くなっていたんですが、東京に来てみたら東京もすごく面白くて。

そのときに、「自分は世界志向というより、大都市が好きなだけかもしれない」と思うようになったんです。もちろん海外も好きなんですが、東京でも十分に刺激があって楽しめると感じて、大学院進学の優先度は少し下がっていきました。

チームラボに移ってアートディレクターとして働いていたのも、東京でさらなる表現の幅を広げ、キャリアアップしていきたいという気持ちが強くなったからですね。

—— Netflixの『ボーイフレンド』シーズン2への出演を経て今年(2026年)独立されていますが、参加の前から独立は考えていたのでしょうか。

いえ、それは全くなかったです。『ボーイフレンド』に参加することや撮影をしていることは、会社の人にはほとんど話していなくて、予告編が出たタイミングで初めて役員の方々に報告したんです。

『ボーイフレンド』をきっかけにフォロワーが増えたり、お仕事の相談をいただいたりする中で、自分としては「面白そうなことにはどんどん挑戦していきたい」という気持ちがあって。副業でそういう働き方ができないか相談しました。

そのときに役員の方から、「本当にやりたいことがあるなら、一つに絞ったほうがいい。どっちつかずが一番もったいない」と背中を押していただいたんです。

チームラボには4年ほど在籍していて、正直もう少し続けたい気持ちもありましたし、最初は二足のわらじでやっていくつもりだったんですが、その言葉を受けて、「あ、そうか」と腑に落ちたというか。少し早いタイミングではありましたが、覚悟を決めて独立することにしました。

—— 個展も、独立のタイミングで開催されたんですよね。

そうですね。辞めると決まってから準備を始めました。

同世代のアーティストの友人から「クリエイターとして個人で活動していくなら、個展は早めに経験しておいたほうがいい」と助言をもらって。ただ、その時点では作品もほとんど用意できていなかったので、かなり焦りながら進めました。

—— テーマ決めや制作はどのように進めていったのでしょうか。

もともと日頃から、趣味レベルではずっと「こんな作品を作りたいな」ということは考えていて。なので、完全にゼロから立ち上げたというよりは、それまでに頭の中にあったものを形にしていった感覚に近いですね。

今回は番組の影響もあって、自分の中で「お花」というモチーフが一つの軸になりました。番組内で描いたお花のイラストが商品化されたり、自分がお花が好きだということを知ってもらえたりして、作風としても少し認知していただけた実感があったので、「お花をテーマにしっかり作品を作りたい」という気持ちがありました。

展示している写真も、実は今回のために撮ったものではなくて、以前から撮りためていたものなんです。いただいたお花って、1〜2週間で枯れてしまうじゃないですか。それがもったいないなと思って、元気なうちに近くの公園に持っていって青空を背景に写真を撮る、というのをずっとやっていて。

それを「いつか作品にできたらいいな」と思っていたので、今回の個展で使うことにしました。 

—— 個展の会場は、今回インタビューでもお借りしている東中野の書店『platform3』さん(https://www.instagram.com/plat_form3/)でしたよね。

はい。ここは以前から個人的に訪れていた場所で、関係者の方々とも面識があったので、「ここでできたらいいな」と思って相談させていただき、実現することができました。

(東中野の書店『platform3』)

—— この場所で個展の締めくくりとしてのトークイベントも開催されていましたが、番組をきっかけに来場された方も多かったのではないでしょうか。

そうですね。すごくありがたかったです。
自分は比較的早い段階でそういう場を作ったほうだと思うんですが、ファンの方と直接コミュニケーションが取れるのはやっぱりいいなと感じました。

—— ファンの方からの反応で、印象に残っているものはありますか。

日々DMをいただくことも多くて、全部に返信はできていないんですが、しっかり読ませていただいています。

僕のファンの方はすごく穏やかな方が多い印象で。「ヒロヤさんが素敵な人に出会えますように」とか、そういう温かい言葉をかけてくださることが多いんです。

もちろん作品について感想をいただけるのも嬉しいですし、そういう応援のされ方はありがたいなと思っています。

—— 『ボーイフレンド』の参加から独立・個展など、かなり短期間で大きな動きがあったと思いますが、その中で、今後やっていきたいことや創作に対する価値観に変化はありましたか。

大きくは変わっていないですね。もともと自分は「クリエイターである」という意識が強くて、何かしら作り続けていないといけない、という感覚があるので、そこはずっと変わらないと思います。

一方で、独立してからはいただくお声がけも増えたので、「面白そうだな」と思うことは、今のところはなるべく受けていこうというスタンスでいます。なので、必ずしもクリエイティブに直結しない撮影やインタビューの仕事などもやっていますが、それも含めて面白いなと感じています。

ただ、その中でもやっぱり、渋谷PARCOでの展示(『ファブリーズ』とヒロヤさんがコラボレーションした空間展示イベント)のような活動は、作家としてすごく大事にしていきたい部分ですね。

—— 幅広く活動しながら、ご自身の軸となる表現をより広く伝えていきたいという意識があるんですね。

そうですね。もともと自分は建築のバックグラウンドがあるので、その影響も大きいと思います。
建築の世界って、すごく理論的で、ある意味で少し閉じた文化でもあるんですよね。すごく整っているというか、きちんとしている反面、あまりポップさがないというか。学生の頃から、「もう少し大衆に開かれてもいいんじゃないか」と感じていました。

そういう思いがあって、あえて建築だけに閉じずに、アートやインテリア、グラフィックなど、いろいろな領域に関わるようにしてきました。

もちろん、軽く見られたいわけではないので、プロフェッショナルとしての軸は持ちつつ、その間をつなぐような存在になれたらいいなと思っています。

海外で見えた多様な生き方と、大切な人の幸せ

—— 留学時代の経験についてもう少し詳しく伺いたいのですが、語学学校や共同生活でさまざまなバックグラウンドの人と関わる中で、価値観の変化や気づきはありましたか。

かなりありましたね。語学学校での経験は大きかったと思います。南米やアフリカ、ヨーロッパ、アジアなど、本当に世界中から人が集まっていて、同じクラスにいながら、それぞれ全く違う前提を持っているのが面白かったです。

中でも印象的だったのがスイスの友人です。スイスって公用語が複数あるじゃないですか。自分の周りにもフランス語圏の子とドイツ語圏の子がいたんですが、同じスイス人なのにあまり仲が良くなくて。「同じ国なのにどうして?」と聞いたら、「言葉も違うし、別に仲良くする理由もないよね」という感覚だったんです。

自分としては、日本人同士だったら自然と安心感があったりするので、言語が違うだけでここまで帰属意識が変わるというのは、一つのカルチャーショックでしたね。

—— 言語がコミュニティのあり方に強く影響しているんですね。

そうですね。一方で、スペイン語圏の人たちは国が違ってもすぐに打ち解けたりしていて。南米とスペインって距離はかなりあるのに、言語が同じというだけで一気に距離が縮まるのも面白いなと思いました。

—— ご自身の英語力が上がっていく中で、人との関わり方にも変化はありましたか。

ありましたね。最初は本当に何も話せなかったので、できることも限られていたんですが、英語が少しずつできるようになると、関われる範囲が一気に広がる感覚がありました。

同時に、日本語って日本でしか使われない言語なんだなということも強く実感しました。日本のカルチャーって国内で完結している部分が大きいというか、それ自体はすごいことでもあるんですが、世界の中で見るとかなり特殊だなと感じました。

例えば音楽でも、ヨーロッパではアメリカやイギリスの曲が広く聴かれている中で、日本は日本のアーティストが中心になって市場が成り立っている。そういう意味で、日本は良くも悪くも独自に完結している文化圏なんだなと思いました。

—— ヒロヤさんは現在、ご自身のセクシュアリティを公表されていますが、ヨーロッパでの生活の中でLGBTQ+に関する価値観の違いは感じられましたか。

はい、かなり感じました。6月の「プライド月間」に合わせて開催されるLGBTQ+のプライドパレードは、想像を遥かに超えるスケールでした。ロンドンの都心を封鎖して行われるそのパレードは、参加人数も熱気も群を抜いていました。それを見て、すでに社会の中でLGBTQ+がしっかり受け入れられているんだという印象を受けました。

日常の中でも、同性同士で手をつないで歩いているカップルを自然に見かけますし、日本との違いを強く感じましたね。

当時、僕はまだ自分のセクシュアリティを周囲にカミングアウトしていなかったのですが、マッチングアプリを使って友人を作ったりもしていましたし、ロンドンにいる間に2回引っ越しをして、最後はゲイの友人たちとルームシェアをしていました。香港やフランスなど、いろいろな国の人と一緒に生活しました。

プライドパレードなどもそうですが、ヨーロッパのLGBTQ+にまつわる空気感を感じて、自分のセクシュアリティを「これでいいんだ」と思えるようになりました。

—— ロンドンの経験を経てご自身のセクシュアリティへの受け止め方が変化したとのことですが、周囲との向き合い方にも変化はありましたか?

留学に行くまでは自分のセクシュアリティを誰にも言っていなかったんですが、帰ってきてからは比較的オープンにしていました。ロンドンでの経験を通して、ある程度自分の中で覚悟ができた状態だったので。

とはいえ、最初はやっぱり緊張しましたね。ただ、留学から帰ると「なんか変わったよね」と言われることも多いじゃないですか。その空気に乗る形で、「そういうものなんだ」と受け入れてもらえた部分もあったと思います。自分としても、開き直るきっかけにはなりました。

—— ヒロヤさんの感覚として、今の日本社会の中でLGBTQ+はどのように受け止められていると感じていますか。

認知という意味では、以前よりも確実に広がっていると感じますし、メディアで取り上げられる機会も増えてきましたよね。
直接的な否定は、少なくとも自分の周りではあまり聞かなくなったなという感覚はあります。ただ、すべてが受け入れられているかというと、そう単純でもないと思います。

特に難しさを感じるのは、やはり親と子の関係ですね。親はどうしても子どもに対して何かしらの期待を持つものだと思うんです。たとえば「こういう人生を歩んでほしい」とか、「結婚してほしい」とか。それ自体は自然なことでもありますよね。

その延長線上で、理想とは違う形だったときに戸惑いが生まれてしまう。ある意味では起こりうることだとも思うんですが、そこで「それでもその人の人生だよね」と受け止められる余裕は必要なんじゃないかと感じています。

これはLGBTQ+に限った話というよりも、人との向き合い方全体の話でもあると思っていて、大人であっても常に価値観をアップデートしていく姿勢が求められているのかなと思います。

——『ボーイフレンド』シーズン2内でも同性婚やパートナーシップ制度について触れられていましたが、現在の日本では同性婚は法律上認められていない一方で、自治体単位で同性カップルを公的に認めるパートナーシップ制度の導入が広がっています。
こうした日本の制度の現状について、どのように捉えられていますか。

身近なところから考えると、制度が整ってほしいという思いはやっぱりあります。

例えば、ポッドキャスト『ひともの研究所』を一緒にやっている友人には、長く付き合っている同性のパートナーがいるんですが、その人は結婚や家族を持つことにすごく憧れているんです。いわゆる「普通の人生」に対するイメージをしっかり持っているタイプで。

そういう話を日常的に聞いていると、現状の制度ではそれが叶わない部分もあることに対して、すごくもどかしさを感じるんですよね。

周りにもパートナーシップを結んでいる友人が増えてきたんですが、制度上はどうしても「他人同士」として扱われてしまう瞬間があって、その現実を突きつけられると寂しさを感じることがあります。

だから僕は、「大切な人に幸せな選択肢があってほしい」と思っています。

それに、制度的な部分が整っていないという現状が、親世代の不安につながっている側面もあると思います。「この先苦労するのではないか」といった心配が先に立ってしまうというか。そうした不安が少なくなれば、受け止め方が変わってくる可能性はあるのかなと思いますね。

制度がすべてを決めるわけではないと思っていますが、一つのきっかけにはなると思います。

—— 今回『ボーイフレンド』に出演されたことで、ご自身のセクシュアリティについてもより多くの人に知られることになったと思いますが、その点についてはどう感じていましたか。

そこはあまり気にしていなかったですね。もともとSNSでも自分のことはオープンにしていましたし、単純にリーチする範囲が広がるだけという感覚でした。自分のスタンス自体は特に変わっていないと思います。

——『ボーイフレンド』をきっかけにヒロヤさんを知り、LGBTQ+の当事者としてのヒロヤさんの姿に親近感を持ったり、励まされたりした方も多いのではないかと思います。
ご自身がそうした存在として受け止められることについては、どのように感じていますか。

素直に嬉しいなと思いますね。それを目指して番組に出たわけではないんですけど。

自分自身も、こういう存在が増えていくのはいいことだなとは思っています。個人的に印象に残っているのが、AAAの與真司郎さんがカミングアウトされたときで。アーティストとして活躍していて、女性から支持を集めているような方がゲイであることを公表したのは、かなり大きな出来事だったと思うんです。

それまで自分の中でも、「ゲイのイメージ」ってどこか偏っていた部分があったんですが、ああいう形で「かっこよくて、才能のある人がたまたまゲイだった」という見え方が広がったのは大きかったなと感じています。

日本ではそういうロールモデルがまだ多くないと思っていて、自分自身も、参考にできる存在があまりいない中でここまで来た感覚があります。

だからこそ、自分としては「ゲイであること」を前面に出すというよりは、まずは建築やアートディレクションといった分野でしっかり実績を積んで、「そういえばこの人ゲイだったよね」と思われるような存在になれたらいいなと思っています。

結局、人としてどういうことをやっているかのほうが大事だと思っているので。

—— クリエイターとして発信を続ける中で、ご自身の表現と社会的なテーマとの距離感については、どのように考えていますか。

そうですね。僕はいわゆるアクティビストとして活動していきたいわけではなくて。どちらかというと、作品を通して感じ取ってもらえたらいいなと思っています。

あまり政治的な発言そのものに強い関心があるタイプではなくて、最終的には「人としていい状態であること」が大事だと思っているんです。みんなが目指しているのも、突き詰めればそこだと思っていて。

もちろん、その手前には制度の改革や具体的な社会課題があって、それもすごく大事なことだと思います。ただ、自分の役割としては、もう少し根本的なところにある「人間の感情」や「ウェルビーイング」に近い部分を見ていたい感覚があるんです。

例えば、何かを見て純粋に「綺麗だ」と感じたり、理由はうまく説明できないけれど「悲しい」「寂しい」と感じたり。そういう、言葉になる前の感情に自分はすごく惹かれます。

同じ方向を向いていたとしても、自分が表現したいのは社会課題そのものというより、そのさらに奥にあるものというか。より原初的な感情に近い部分を、作品として表現していきたいと思っています。