アンネ・フランクが残したもの

英文記事執筆:まりか / 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部 / 写真:アムステルダムのアンネ・フランク像

6月12日は、アンネ・フランクの誕生日であり、彼女が13歳で日記を書き始めた日でもあります。
のちに『アンネの日記』として世界中で読まれることになるその記録は、戦争や差別の時代を生きた一人の少女の声を、今に伝え続けています。
アンネ・フランクが残したものとは何だったのでしょうか。あらためて、彼女の生涯と日記が私たちに問いかけていることを見つめ直してみませんか。

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アンネ・フランクとは誰だったのか

アンネ・フランクは1929年6月12日、ドイツのフランクフルト・アム・マインで、オットー・フランクとエーディト・フランクの娘として生まれました。両親はともにドイツ系ユダヤ人の中流上層階級の家庭の出身でした。アンネにはマルゴットという3歳年上の姉がいました。

ヒトラーの人気が高まり、反ユダヤ主義的な感情が広がる中で、一家はオランダのアムステルダムへ移住しました。アンネはオランダでの最初の数年間を楽しみ、新しい友人をすぐに作り、オランダ語を学び、学校でも非常に良い成績を収めました。

1939年9月、ナチス・ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まりました。1940年5月にはナチスがオランダに侵攻し、その5日後にオランダ軍は降伏しました。ナチスは、ユダヤ人の生活のあらゆる面を制限する新しい法律や規則を導入し始めました。

1942年7月、当時わずか16歳だったマルゴットは、ドイツの「労働収容所」で働くよう命じる政府からの正式な通知を受け取りました。その翌日、一家はオットーの会社の建物にあった別館(アネックス)へ身を隠しました。

一家が隠れ家生活に入る数週間前の1942年6月12日、13歳の誕生日に、アンネは両親から日記を贈られました。そして捕らえられ、アウシュヴィッツへ送られるまでの2年間、彼女は隠れ家での体験を書き続けました。

1944年、アンネはオランダの地下放送ラジオでの呼びかけを耳にしました。その放送では、市民に対し、戦争の現実を記録するために文書や日記を保存してほしいと呼びかけていました。それらは戦後、戦争犯罪者を裁く際の証拠として役立つと考えられていたからです。

1944年8月4日、その別館はゲシュタポ*によって捜索され、隠れていた全員が逮捕されてアウシュヴィッツへ移送されました。

*ゲシュタポ :ナチス・ドイツ時代の秘密国家警察(Geheime Staatspolizei)の略称。

日記の出版

フランク一家の中で強制収容所から生還したのは、オットー・フランクただ一人でした。彼が帰還したとき、フランク一家の隠れ家生活を支えていた一人であるミープ・ヒースが、アンネの日記を彼に渡しました。彼女は捜索の後に屋根裏でその日記を見つけており、アンネ本人に返すつもりで保管していたのです。

オットーは以前から教育を大切にしており、娘の旺盛な好奇心にも気づいていました。アンネは幼い頃から、あらゆることに疑問を持つ子どもでした。オットーは彼女をモンテッソーリ教育の学校へ通わせました。そこは、自立した思考と創造性を育むために作られた環境でした。

オットーは、アンネ・フランクの物語を伝え、若い人々に団結と平和のメッセージを広めることを自らの人生の使命としました。彼は日記の編集や出版に深く関わりました。

1947年6月25日、「後ろの家」3000部が出版されました。この本は現在までに75以上の言語に翻訳され、世界中の人々に読まれ、学ばれています。

二度と繰り返さないために

「Never Again(二度と繰り返さない)」という言葉は、ホロコーストから生まれたスローガンです。それは失われたものを世界に思い起こさせるとともに、そのような闇を二度と繰り返してはならないという誓いでもあります。

現在、パレスチナの人々に対して加えられている行為は、大規模な住民の強制移動と深刻な人道危機によって特徴づけられています。そしてそれは、世界が歴史の繰り返しを許したときに何が起こるのかを示しています。

パレスチナを支持するユダヤ人団体「Jewish Voice for Peace」は、次のように述べています。
「ユダヤ人である私たちは、人々が動物と呼ばれたときに何が起こるのかを知っています。」
これは、イスラエルの元国防相ヨアヴ・ガラントが公に述べた「イスラエルは人間の姿をした動物と戦っている」という発言への直接的な反応でした。

彼らはさらに次のように述べています。
「私たちはこれを止めることができますし、止めなければなりません。『二度と繰り返さない』とは、誰に対しても二度と繰り返さないという意味です。」

これは、おそらくアンネ・フランク自身も理解したであろうメッセージです。すなわち、一人の民族の苦しみは、すべての人々の関心事であるということです。

emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ

be raided

「家宅捜索を受ける」「強制捜査を受ける」「急襲される」

ポイント

「raid」は警察や当局が犯罪の証拠を探したり容疑者を逮捕したりするために、建物などへ突然立ち入ることを表す動詞です。「be raided」はその対象となる側を表し、ニュースでは会社・事務所・自宅・施設などが強制捜査を受ける場面でよく使われます。

例文

The company’s offices were raided by police.
「その会社のオフィスは警察の強制捜査を受けた。」

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