The Shape of Growth (成長のかたち)

英文記事執筆:SAKURACO/ 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部
The Grammar of Life:
アメリカ在住のライターSAKURACOが、日々の暮らしや子育て、人々とのコミュニケーションの中で出会った「言葉」について想いを巡らせる隔週連載。人生をいろどり、かたどる言葉たち(The Grammar of Life)を、一緒に味わってみませんか。
記事内の「この記事を英語学習に使う」をタップすると、「レシピー」アプリで英語版を読むことができます。
人生には、かつて最も安心できた相手が、もう自分の物語の中で大きな役割を果たしていないのだと気づくときがあります。それが中学3年生の頃の親友であれ、元恋人であれ、かつて毎日のように電話をしていた相手であれ、その事実に気づくと、私はいつも戸惑います。ある時期、私たちはいつも一緒でした。いったい何が起きたのでしょう。
そして、その答えはほとんどいつも同じです。
人生です。人生が起きたのです。
仕事に就いた。引っ越した。新しい趣味を始めた。結婚した。子どもができた。新たな責任を背負い、終わりのない大人としての日々を過ごすようになった。
そうしたすべてを乗り越えていくうちに、かつてあれほど近く感じていた相手が、もうそうではなくなります。まるで、その人が見知らぬ人になってしまったかのように感じることさえあります。
この少し残酷な事実に向き合うとき、私はいつも悲しみに包まれます。もっと努力して連絡を取り続けるべきだったのかもしれません。今でも共通している何かを探すべきなのかもしれません。以前のような親しさを取り戻すために、もっと努力するべきなのかもしれません。けれど私の経験では、そうした試みはうまくいかないことが多いのです。会話はすぐに途切れ、私は失望を感じます。相手に対してではありません。以前のような深さでは、もうつながれないという事実に対してです。
けれど、こうした人生の自然な巡りを表す英語のフレーズがあります。それを思うたび、私の心は少し軽くなります。
“We grew apart.”
「私たちは、別の方向に成長した」
とてもシンプルな言葉ですが、そこには繊細で、真実味のある何かが込められています。私たちは皆、それぞれ異なる速さで、異なる方向へと人生を進んでいきます。植物がそうであるように。それは誰のせいでもありません。恥じるようなことでもありません。後悔したり、恐れたりするようなことでもありません。そのことには、大きな慰めと安堵があります。私はその確かさに身を委ねています。
12年間連れ添った夫と私は、時間とともに離れていきました。
それは、私たちが互いを愛していなかったという意味ではありません。ただ、私たちは二人とも自分自身に正直に生きていて、以前と同じかたちでは、もうつながっていなかったということです。だから私たちは、別々の道を歩むことを選びました。
私にとって大きな意味を持っていた関係に別れを告げるのは、悲しいことです。苦しいです。混乱もします。自分に何か違うことができたのではないかと考えてしまいます。
それでも、きっと大丈夫だとわかっています。私は大丈夫になります。そして、今では元パートナーとなった彼も、きっと大丈夫です。なぜなら、私たちがここまでたどり着いたのは、成長してきたからなのです。
そしてもしかすると、それは人間として生きることの美しい証なのかもしれません。私たちは絶えず成長しています。ときには、互いに離れながら。ときには、一緒に。ときには、隣り合いながら。
だから、私たちの間に生まれる距離を、成長をたたえるものにしましょう。私たちの前進を。人生が絶えず積み重なり、広がっていくということを。私たちはいつも成長している。いつも変わっている。いつも進化している。なんて美しい考えなのでしょう。
emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ
「証し」「証言」「〜を物語るもの」
「testimony」は、法廷などでの「証言」という意味のほかに、何かの価値や真実を示す「証し」という意味でもよく使われます。
また、 a testimony to ~ の形では、「~の素晴らしさや存在を物語るもの」という比喩的な表現になります。
And maybe that is a beautiful testimony to the human experience.
「そしてそれは、人間というものの美しい証しなのかもしれない。」
※このエッセイはSAKURACOさんが英語で執筆したものを、編集部で和訳しました。




