TACOS OPEN, Hearts Open(タコスはオープン、心もオープン)

英文記事執筆:SAKURACO/ 翻訳:POLYGLOTS magazine編集部

The Grammar of Life:
アメリカ在住のライターSAKURACOが、日々の暮らしや子育て、人々とのコミュニケーションの中で出会った「言葉」について想いを巡らせる隔週連載。人生をいろどり、かたどる言葉たち(The Grammar of Life)を、一緒に味わってみませんか。
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私たちは、年季の入ったピクニックテーブルに座っていました。木目がまるで何百万もの物語を語れそうな、そんなテーブルでした。私は高速道路を降りて、山あいの田舎の場所に向かいました。何時間もRVに乗っていた娘が、ついに限界に達していたからです。道路の端にあった看板によると、この場所は1800年代に作られたものだそうです。

ダウンタウン全体は、たった一つの通りに収まっていました。レストランが四つと、ポンプが二つしかないガソリンスタンド。それだけでした。世界の中の小さな小さな一角です。そのピクニックテーブルはちょうどその真ん中にあり、太陽で温められ、角は欠けていて、何十年も人々の昼休みを支えてきたかのようでした。

そしてその世界の一角で、娘には一つの要求がありました。アイスクリームです。交渉の余地はありませんでした。

私たちはダイナーに入りました。しかし、アイスクリームはありませんでした。パブもちらりと見ましたが、娘がその場で十九歳年を取らない限り無理でした。そして残りの二軒にも行ってみましたが、私の期待をあざ笑うかのように「Closed」の看板がこちらをにらみ返してきました。

そこで私は、残された唯一のことをしました。観念して、ガソリンスタンドのアイスクリームを買いました。

それはうまくいきました。およそ六分間は。

その後、私たちはちゃんとした食事が必要になり、私はもう諦めてRVに戻ろうとしていました。そのとき、ふとさっき目にした看板を思い出しました。まるで理解する前に通り過ぎてしまった場面のような、あの看板です。サンドイッチボード*にたった二つの言葉が押されていました。「TACOS OPEN(タコス、やってます)」。

空腹で機嫌の悪くなった娘を連れて、私は銀色に光るフードトラックへ向かいました。そこで働いていた年配の女性は、ほとんど英語を話せませんでした。隣のピクニックテーブルで食べていた五人の男性たちも同じでした。彼らの服は使い込まれていて、手は何かを作ることに慣れているように見えました。スペイン語が低くゆったりとしたリズムで流れていました。彼らは多くの言葉を必要とせず、お互いに居心地よさを感じているようでした。

娘と私が食べ物を受け取ったあと、私たちは彼らのすぐ隣に座りました。それは四人用のピクニックテーブルだったので、少し距離が近すぎました。お互いの空間とプライバシーを尊重しようとしながら、並んで座りました。私は、彼らがときどき私たちをちらりと見るのを感じていました。

敵意はありませんでした。失礼でもありませんでした。ただの好奇心でした。私たちがどこから来たのか、なぜここにいるのか、どうしてこんな、いわゆる「次の町」と呼べる場所から少なくとも60マイルは離れている裏通りにいるのかを考えているようでした。

だから私たちはみんな黙って座り、食べながら、お互いから目をそらしていました。私はコーラの瓶を見つめました。まるでそこに、この世で一番重要なメッセージが書かれているかのようにです。

どんな気まずい瞬間でもそうであるように、その時間は止まっているようにも感じられましたし、同時にまったく存在しなかったかのようにも感じられました。

私たちはほぼ同時に食べ終わり、立ち去ろうとしました。ただ一人を除いてです。まだ礼儀としてのアイコンタクトのルールを学んでいない、小さな無垢な人間である娘です。娘は彼らが車に乗り込むのをじっと見つめ、目をそらそうとしませんでした。

私は、娘が彼らを不快にさせているのではないかと心配しました。抱き上げて向きを変えようとしたそのときでした。

車がゆっくりと減速しました。

五人全員が手を上げ、娘に向かって手を振りました。その温かな笑顔には、彼らが大切に思う子どもがいて、長い年月の中で静かにも強くも人を愛してきたことが伝わっていました。

その瞬間、彼らの表情はこう語っているように見えました。私たちはみな兄弟姉妹だ、と。

娘は大喜びで、「手を振ってくれた!手を振ってくれた!」と、帰り道のあいだずっと言い続けていました。

私たちは同じ言葉や社会のルール、価値観を共有しているわけではないかもしれません。複雑な考えは、翻訳の中で失われることもあります。それでも、一つだけ確かなことがあります。ジェスチャーは、ただのジェスチャーではありません。それが意味するものなのです。それは私たちの態度であり、互いにどう向き合うかという選択なのです。

「こんにちは」と手を振ることは、ときに百万の言葉に値します。大きな笑顔は、つながりの灯台になり得ます。ジェスチャーは通路を開くものであり、人と人とのあいだにある何か人間的な可能性を指し示すものです。

かすんだ青空の下で、すべてを少し野生的に感じさせる日差しの中で、私は娘が学んでくれたらいいと願っています。普遍的な愛の言語とは言葉ではなく、やわらかく心をほどくひとつのしぐさなのだと。


*サンドイッチボード:主に飲食店や小売店の前で通行人にメニューやセール情報を告知するために設置される、2枚の板をA字型に接合した置き看板

emoji_objects本記事のイチオシ!フレーズ

throw in the towel

「負けを認める」「あきらめる」

ポイント

「throw in the towel」は、これ以上続けても勝ち目がないと判断して、試合や挑戦をやめることを表す表現です。ボクシングでセコンドがタオルを投げ入れて棄権を示したことに由来しています。

例文

After years of struggling, he finally threw in the towel.
「何年もの苦闘の末、彼はついにあきらめた。」

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